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大阪地方裁判所堺支部 平成7年(ヨ)258号 決定

債権者

甲野太郎

右代理人弁護士

平山正和

山名邦彦

岡崎守延

村田浩治

豊島達哉

債務者

ロイヤルタクシー株式会社

右代表者代表取締役

上田實

右代理人弁護士

鳩谷邦丸

別城信太郎

主文

一  債権者の申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一  申立ての趣旨

一  債権者が、債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金三四万七二〇〇円及び平成七年九月三〇日から本案第一審判決の言渡しまで、毎月二八日限り、金二一万〇六三八円を仮に支払え。

第二  事案の概要

一  基本的な事実関係(当事者間に争いがない。)

1  当事者

債務者は、旅客運送業(タクシー営業)を営む会社である。

債権者は、昭和五二年一二月七日、債務者(当時の名称堺交通株式会社)に入社し、以来債務者においてタクシー運転手として勤務してきた者である。債権者は、入社当初は、交通労連堺交通労働組合(以下「交通労連労働組合」という。)の組合員であったが、昭和六一年、自ら中心となって、新労働組合(現在の自交総連ロイヤルタクシー労働組合。以下「自交総連労働組合」という。)を結成し、副委員長、書記長、委員長を歴任してきた。

2  解雇に至る経緯

(一) タクシー業界では、多くが乗務員に特定の車を配車し乗務させる制度を採っているところ、債務者でも、原則として同様の配車制度を採っており、債権者を含め多くの乗務員が常に特定の車を配車されて乗務していた(以下、特定の乗務員が乗務する特定の車を「固定車」、この制度を「固定車制度」という。)。

(二) ところが、債務者は、平成七年八月一一日、債権者に対し、従前乗務していた固定車以外の車を配車し乗務を指示した。債権者がこれを拒否したので、債務者は、同日、債務者就業規則(以下、単に「就業規則」という。)の「業務上の指示、命令に従わないとき」(九一条三号)に該当するとして、債権者を二日間の乗務停止処分とした(就業規則八四条一項。以下「本件乗務停止」ともいう。)。その後、債務者は、同月一七日、一九日、二一日、二四日と、債権者に固定車以外の車を配車したが、債権者は、いずれも乗務を拒否したため、債務者は、同月二四日、同規定に基づき、債権者を三乗務の出勤停止処分とした(以下「本件出勤停止」ともいう。)。そして、その処分が解けた後も、債権者は、九月三日から同月二七日までの間、一一回にわたり債務者が配車する固定車以外の車への乗務を拒否し続けた(以下、従前固定車に乗務していた者に対し固定車以外の車を配車する措置を一般に「固定車はずし」ということとし、特に平成七年八月一一日から債権者の懲戒解雇に至るまでの間に、債務者が債権者にその固定車以外の車を配車した措置を「本件固定車はずし」という。なお乙一四)。

3  解雇の意思表示

債務者は、同年九月二九日、就業規則九二条一号、二号及び二九号に該当するとして、債権者を懲戒解雇に処した(以下「本件懲戒解雇」ともいう。)。就業規則の右規定は、懲戒解雇事由として、「前条の懲戒(乗務停止、出勤停止を含む。)を受けたにもかかわらず、なお改悛の見込がないとき、若しくは情状が重いとき」(九二条一号)、「勤務成績及び出勤状態が不良で数回にわたり注意を受けても改めないとき」(同条二号)、「業務上の指示命令に不当に反抗して事業場の秩序を乱したとき」(同条二九号)と定めている。

4  債権者の給与等

債権者は、平成七年八月一一日固定車以外の車を配車されて以降賃金を支給されていない(ただし、懲戒解雇時、予告手当の提供はなされた。甲五)。債権者の賃金は、平成七年五月度ないし七月度分(同年四月二一日から七月二〇日までの分)の支給額を平均すると、一か月当たり二一万〇六三八円、一日当たり六九四四円であった。

二  主要な争点

本件固定車はずしは正当かつ適法な業務命令であるかどうか

(一)  本件固定車はずしは合理性を有するか

(二)  本件固定車はずしは適法か

(三)  債権者を対象としたことは合理性を有するか

三  右主要な争点についての当事者の主張の要旨

1  債務者

(一) 就業規則九二条一号、二九号の該当性について

債権者は、債務者が配車して乗務するよう指示命令した車への乗務を多数回にわたって拒否しており、再三にわたる説得や乗務停止、出勤停止の各処分を受けても改悛の情が見られず、会社の秩序を乱したものであるから、就業規則九二条一号及び二九号所定の懲戒解雇事由に該当する。なお、債権者は、本件乗務停止期間中欠勤しているから、その間の賃金を支給しなかったことが違法となるものではない。

(二) 本件固定車はずしの正当性について

債権者に対し、固定車以外の車を配車し乗務するよう指示したことは、以下の理由により、正当な業務命令である。

(1) 配車権の所在について

タクシー会社は、労働組合との間に配車についての協定がある場合などを除き、乗務員をどの車に乗務させるかを決する配車権を有しており、他方、乗務員は、協定等がない限り、自己の乗務する車を選択する権利を持っていない。債務者においては配車に関する協定等がないから、債務者には乗務員に対する配車権があり、他方、債権者は乗務する車を選択することはできない。

(2) 固定車制度採用の趣旨、目的について

債務者が固定車制度を採っているのは、債務者にとって、配車の手間をある程度省くことができ、特定の乗務員に車の管理の責任をもたせることができるというメリットがあるからであり、その結果、領収証や洗車用具等を車に搭載できること、相勤者が定まっているので出入庫の時間や整備等の打合せがスムーズに行くことなど、乗務員にとっても事実上便益となる点もあるが、それらはいわば反射的利益にすぎない。なお、債務者における固定車制度は、乗務員全員を対象としているものではなく、約一〇名の乗務員、特に新入の乗務員に対しては固定車を割り当てておらず、また、車の個性の違いはわずかでありプロの乗務員にとっては問題とならないから、固定車制度は、特に運転、運送業務の安全性の確保に重点があるわけではない。

(3) 固定車はずしの必要性について

今回、債務者が一定の乗務員に対して固定車をはずしたのは、ひとつは、低能率者に奮起を促すためであり、もうひとつは、AT車導入に伴い固定車に割り当てられていないミッション車を余分に作っておくためであって、合理的な必要性に基づいている。すなわち、債務者では、従来、ミッション車(マニュアル車)の一昼夜交替勤務者に対し、一律六一パーセント(皆勤手当一パーセントを含む。)の歩合賃金を支給しているところ、一方で、水揚げが低い者の賃金が他社に比較して一割から二割強も高い状態になっており、他方、債務者は赤字続きであった。そこで、低能率者に対し、その奮起を促すために固定車はずしを行ったのである。また、債務者は、乗客の要望や乗務員の負担等を考慮するとともに経営の改善を図るため、従来のミッション車(マニュアル車)に換えてAT車(オートマティック車)を導入しようとしているところ、AT車乗務を希望しない者に対してはこれを強制しないことにしたため、廃車時期が来たあるミッション車に乗務している者全員がAT車乗務を希望すれば、そのミッション車をAT車に換えれば済むけれども、その一部の者のみがAT車乗務を希望する場合には、AT車乗務を希望しない者に対して従来と乗務のローテーションを変えないで別のミッション車を割り当てなければならず、そのため、固定車として割当がなされていない融通の利くミッション車の空きを作っておく必要が生じた。そこで、ミッション車に乗務している一部の者について固定車をはずす措置を採ることにしたのである。

(4) 低水揚げ対策としての固定車はずしの適法性について

債務者も営利企業である以上、その経営権に基づき、水揚げの低い者、特に一乗務当たりの採算ラインを下回る水揚げしか上げない者に対して、奮起を促すための措置を採ることができるのは当然のことであって、例えば就業規則に懲戒処分として規定されていなくても経営権に基いて降格、降職処分をなし得るのと同様に、経営権に基づく配車替えにすぎない固定車はずしも、懲戒処分としてではなく行うことができる。運輸規則二三条及び通達は、低能率者対策として懲罰的に下車勤務を命ずることを禁じている(後記債権者の主張参照)が、低能率者対策には、ほかに、水揚げの掲示、賃金の足切り制や半勤扱い制の採用(他社でも行われている。)など程度においてさまざまなものがあり、右運輸規則がこれらすべてのものを禁じているわけではない。固定車はずしは、配車自体を行わないものではなく、下車勤務を命ずるのとは性質を異にしているから、運輸規則や通達には違反していない。近畿運輸局も同様の見解であり、当局から固定車はずしをやめるよう行政指導を受けたこともない。また、同様の固定車はずしは、他社においても行われている。

(5) 固定車はずしの対象者の選定基準について

債務者は、平成六年一月から、毎日の乗務につき、水揚げのワースト5(アルバイト、昼間乗務員、夜間のみの乗務員、公休日の出勤者及び早退者を除き、水揚げの低い者五名)をとり、該当乗務員毎に記録している(以下「ワースト5記録」ともいう。)ところ、まずこれに名を連ねた回数が多い者を原則的に固定車はずしの対象とすることとした上、平成七年七月、八月において水揚げの改善が見られるかという点と、固定車はずしの対象とすることがAT車導入に伴うミッション車確保のために有用かという点等を併せ考慮して、最終的に対象者を選定した。

(6) 右選定基準の合理性について

右選定基準は、乗務員の勤務成績を一乗務当たりの水揚げを基準として判断したものであるが、合理性を有する。確かに、乗務員の給与が固定給だったり、乗務員が欠勤することにより車が休車となってしまうのなら、水揚げの合計すなわち総水揚げを基準に、したがって、乗務員の出勤日数をも考慮して勤務成績を判断すべきであるが、債務者では乗務員の給与は完全な歩合制である上、当時ある乗務員が欠勤しても他の者が公休出勤(公休日の出勤)をするなどして休車がほとんど生じないのが常態となっていたから、乗務員の欠勤により債務者が損失を被るということはなく、したがって、債務者における勤務成績は、欠勤の多寡にかかわらず、一乗務当たりの水揚げによって評価すべきである。特に、平均して一乗務当たりの採算ラインを下回る水揚げしか得られない場合は、いわば出勤して乗務すればするほど、債務者が損害を被る結果となるから、一乗務当たりの水揚げを乗務員の勤務成績を評価する基準とすべきなのである。

(7) 債権者の選定基準該当性について

債権者は、平成六年一月一日から平成七年七月までの間に右ワースト5記録に一一〇回も名を連ね、その回数は断然一位である上、平成七年七月も六回と多く、八月になっても何ら改善が見られなかった。むしろ、債権者が最終に乗務した八月九日の水揚げは約一万円であり非常に低かった。なお、同年五月から八月までの一乗務当たりの水揚げの平均においても、債権者は最下位であった。経費との関係でも、債権者の水揚げは著しく低く、一乗務当たりに換算した採算ラインにも満たないのであるから、いわば出勤して乗務すればするほど、債務者の被る損害を増大させている状態にあった。

(8) 選定に恣意性がないことについて

また、固定車はずしの対象者の選定を恣意的にしたということはない。前述のとおり、債権者の水揚げの成績は前記基準に照らせば最下位である上、平成七年八月から九月にかけて固定車はずしを行ったほかの七名も、長期欠勤者三名と、ワースト5記録に名を連ねた回数の多さで二位から十位までの者(ただし、深夜勤務をしなくてよい女性乗務員を除く。)の中から、同年七月の成績が悪くない者、もともと固定車の割当のない者、AT車乗務を希望している者、水揚げが低い理由として病気を主張している者等を除いた四名であり、さらに、同年一〇月に行った固定車はずし(今回最後のもの)も、割当のないミッション車が足りなかったため、嘱託の中で最も水揚げの低い者一名に対して、同人の乗務していた車がAT車に換わることを契機として行ったものであって、今回の固定車はずしの対象者の選定は合理的である。なお、債務者において今回固定車をはずされた者は、債権者のほかに八名いるが、いずれも、別に配車された車に乗務しており、業務命令に従わなかったのは、債権者だけである。

(三) 就業規則九二条二号の該当性について

債権者は、前述のように、平成六年一月以降、ワースト5記録に名を連ねた回数が圧倒的に多く、その分、水揚げの低さについて注意を受けたことも多かった上、平成七年二月度(前月二一日から当月二〇日まで。以下同じ)ないし七月度の一乗務当たりの水揚げ(月間通算平均)の各順位、及び七月二一日以降の一乗務当たりの水揚げの順位(ただし、アルバイト、昼間乗務員、夜間のみの乗務員を除く。)が、いずれも極めて低く、特に七月二一日以降において改善の傾向が全く見られない。そして、翌八月一一日以降は、乗務停止及び出勤停止期間中を除き、約一か月半にわたって乗務拒否を続け、その間全く水揚げがなかったものである。したがって、債権者は、就業規則九二条二号所定の懲戒解雇事由に該当する。

2  債権者

(一) 本件固定車はずしは、後述のとおり、違法、不当な処分であり、そうである以上、債権者がこれに従わず固定車以外の車への乗務を拒否したことは、「業務上の指示、命令に従わないとき」(就業規則九一条三号)に該当しないから、それを理由として債務者が債権者に対してなした本件乗務停止、出勤停止の各処分は違法である。加えて、就業規則上、乗務停止は、その期間中「再教育を受けさせ、あるいは他の業務に従事させる。」(八四条一項)とされていて賃金を支払わなければならないのに、債務者はこれを怠っており、本件乗務停止は、その内容が就業規則に違反していることになる上、「減給」処分と併せ二重処分を課したともいえるから、違法であり、これを前提とする本件出勤停止も違法である。したがって、右各処分が適法になされたことを前提とする就業規則九二条一号所定の懲戒解雇事由は存在しない。また、同様に、違法な本件固定車はずしに従わなかったことが業務上の指示命令に対する不当な反抗に当たらないことも明らかであるから、就業規則九二条二九号所定の懲戒解雇事由も存在しない。

(二) 本件固定車はずしの違法性について

水揚げが低いことを理由とする本件固定車はずしは、業務上の必要性、合理性がないのに、債権者に極めて重大な不利益と苦痛を与えるものであり、就業規則に規定のない懲戒処分というべきであるから違法である。また、一乗務当たりの水揚げによって勤務成績を評価すること、それが低いことを理由に固定車はずしを行うことは、いずれも旅客自動車運送事業等運輸規則(以下「運輸規則」という。)二三条が禁止する乗務員に対する乗務の強制に当たるから違法である。

(1) 固定車制度採用の理由について

固定車制度は、会社にとって重要なメリットがあるとともに、乗務員に対しても大きな利益をもたらすものである。すなわち、自動車は、車両ごとにブレーキのきき具合、エンジンの調子、クラッチの踏みしろ、タイヤの状況、部品の交換状況等が異なり、微妙な個性をもつものであるところ、乗務する車を毎回異にすると、その個性が把握できないため、タクシー運送の安全性に不安が生じるのであって、固定車制度を採っているのは、安全性の確保という目的が非常に大きい。また、乗務員は、運転や点検等に慣れた固定車に乗務することにより、タクシー運送に長時間従事することから生ずる疲労を少なくすることができ、車両の整備や経費節減等の点で好都合な面があり、さらに、固定車に対して特別の愛着等も抱いているものである。したがって、乗務員は、固定車に乗務することにより、安全かつ快適に運転業務に従事することができるのである。

(2) 固定車はずしの効果について

債務者は、水揚げが低いことを理由として固定車はずしを行ったが、固定車はずしをすることが水揚げの増加に直接結び付くわけではないし、経費の節減になるわけでもなく、むしろ、それは、安全性を特に重視すべきタクシー運送において、事故発生の危険につながる処分であって、業務上の必要性、合理性がないことは明らかである。その上、固定車はずしは、安全かつ快適に運転業務に従事することができるという前記の利益を乗務員から奪い、見せしめにされることも含め、乗務員の自尊心や名誉をも著しく傷付けるもので、乗務員に著しい不利益を与える処分である。

(3) 固定車はずしが懲戒処分として違法であることについて

このような処分は、水揚げの低い者に対して不利益を課して水揚げを増加させようとするいわゆる尻たたき行為であり、懲戒処分としてのみなし得るというべきであるが、懲戒処分は、その理由、内容、手続等が就業規則等に規定されてなければ課することができないところ、債務者の就業規則には、固定車はずしという懲戒処分を定めた規定も、水揚げが低いことを理由として懲戒処分をなし得ると定めた規定も存在しないから、本件固定車はずしは違法である。

(4) 固定車はずしが運輸規則に反することについて

また、運輸規則二三条は、「一般乗用旅客自動車運送事業者は、指定地域内にある営業所に属する運転者に、その収受する運賃及び料金の総額が一定の基準に達し、又はこれを越えるように乗務を強制してはいけない。」と規定しており、これを受けて、所轄行政庁の通達でも、単に標準作業量に達しないことのみをもって懲罰的に下車勤務させることや、「累進歩合給」、「トップ賞」、「奨励給」など刺激的な給与制度をとることを禁止ないし廃止するよう指導監督するものとされてきた。これらは、営業収益の増加を図るために利益を供与したり不利益を課したりして乗務が強制されることによってタクシーの安全運転が損なわれるのを防止しようとする趣旨であるところ、水揚げが低いことを理由とする固定車はずしが行われると、乗務員は、固定車はずしという不利益を免れるため、水揚げを増加させるしかなく乗務を強制されることになり、ひいては安全運転を損なう危険があるから、水揚げが低いことを理由とする固定車はずしは、運輸規則二三条に抵触する違法な措置である。

そして、所轄行政庁である近畿運輸局は、平成八年二月二六日、債務者に対し、本件固定車はずしが運輸規則二三条の精神にもとるものであるとして、できるだけ早くやめるように指導した。

なお、他社において、水揚げが少ないことを理由として固定車はずしを行っているところはない。

(5) 固定車はずしの対象者の選定基準が違法、不当であることについて

今回の固定車はずしの対象者の選定基準は、乗務員の勤務成績を一乗務当たりの水揚げを基準に判断することを前提としているが、このこと自体違法、不当である。乗務員の勤務成績は、出勤日数、実水揚げ(ここでは、所定の労働時間内での水揚げの意味)や総水揚げ(公休出勤乗務による水揚げを含むもの)、あるいは事故、違反率等を総合的に考慮して評価するべきである。出勤日数は、勤勉さやまじめさ等を判断する重要な基準であるとともに、出勤日数の多い者に固定車を割り当てた方が合理的だから、固定車を割り当てる対象を選定する基準としても重要であり、とりわけ、乗務員の欠勤によって、車の稼働率が落ちれば、タクシー会社の営業収入は減少するわけであるから、タクシー事業によって、車を効率的に稼働させること、乗務員の出勤率の向上に努めることが営業収入を確保する上で重要であり、そのために、債務者の賃金体系においても、欠勤毎に四欠勤まで各一パーセントずつ歩合率を低下させたり、一か月当たりの総水揚げが六三万円を超えるときは、歩合率を六三パーセントに上げるなど、出勤率や総水揚げが考慮されているのである。

また、一乗務当たりの水揚げを基準に乗務員の勤務成績を判断して不利益を課すると、乗務員に休憩時間や拘束時間に勤務することや道路交通法違反を犯して勤務することなど強いる結果となるのが実情であるから、そのようにして勤務成績を判断すること自体が、運輸規則二三条が禁止する「乗務の強制」に該当する。債権者は、所定の勤務時間内において交通規則を順守して誠実に勤務することをモットーとしており、その結果、債務者が期待するような高額な水揚げをあげることは困難であるが、債権者には、残業や休日出勤、あるいは速度違反や駐車違反等をしてまで、水揚げの増加に努める義務はない上、債務者の採用している賃金体系は完全な歩合制であって水揚げの多寡は乗務員の自主性に任されているともいえるから、債務者は、債権者の水揚げの低さを非難したりそれを理由として不利益を課したりすることはできないはずである。

債務者の固定車はずしの対象の選定基準は、この審尋において変遷しているなど、あいまいかつ恣意的である。

(6) 債権者の成績が不良でないことについて

債権者は、出勤日数の点で成績は「良」であり、無事故無違反の模範的運転者である。また、実水揚げの点でも、債権者より少ない乗務員が、平成七年五月、六月、七月にそれぞれ一九名、三〇名、三六名もおり(有給休暇を取っている日について仮装水揚げを加算すれば、もっと成績順位が上がる。)、総水揚げが債権者より少ない乗務員は、右各月にそれぞれ一五名、二〇名、一九名もいる(なお、債権者と同じく自交総連労働組合に所属(副委員長)し、今回の固定車はずしの対象とされた武内輝喜も、出勤日数に問題がない無事故無違反の模範的運転者であり、実水揚げや総水揚げの点で武内より少ない者が右各月にそれぞれ三〇名程度いる。)。そのほか、債務者は、債権者の水揚げでは採算ラインを割る(債権者の賃金と経費を賄えない)旨主張しているが、その経費の計算は、債権者が無事故無違反なのに事故費を経費に含めて計算するなど、正確さを欠いている。

(7) AT車導入方法の不当性について

債務者は、AT車導入に伴う固定車はずしの必要性を主張するが、そもそも、賃金引き下げを伴う債務者のAT車導入そのものが、最近の二回のタクシー運賃値上げに際し運賃改定による増収を運転者の賃金改定に確実に充当しなければならず、賃金引下げなど労働条件を改悪してはならないという旨の行政当局の指示、指導に違反するものであり、結局、そのために、AT車乗務を希望しない者が出てAT車の導入がスムーズに行かないのである。さらに、債務者は、従前のミッション車が廃車になる場合に、新車のミッション車を入れず、AT車を希望しない者を固定車はずしをしたミッション車に乗務させたり、あるいは、従来四年で廃車としていたものを五年目のミッション車に乗務させるなどして、賃金引下げを伴うAT車への乗務を強要しようとしている。したがって、AT車導入に伴う固定車はずしの必要性は、自らの不正等によって生じたものである。

(三) 本件固定車はずしの不当労働行為性について

以上のように、債権者に対する本件固定車はずしには、何ら合理性、必要性が存在しない。そして、債務者は、これまでもたびたび自交総連労働組合に対し不当な攻撃を行ってきたものであり、本件固定車はずしも、債務者がAT車導入に伴う新賃金体系を導入するために、これに反対する自交総連労働組合の要である債権者を職場から追放して同組合に打撃を与えようと企図したものであり、不当労働行為にほかならない。

四  保全の必要性について

1  債権者

債権者は、賃貸マンション(家賃月額一〇万九〇〇〇円)に、妻と子二人と共に暮らしており、債権者の収入が途絶えると、生活が困窮する。

2  債務者

債権者の子二人は扶養家族となっておらず、また、債権者の手取り月収は、約一一万円と低く、それだけでは生活費を捻出し得ないことは明らかであり、債権者は、他社でアルバイトをしている。

第三  判断

一  本件疎明資料(甲三、四、二一、二四、二五、四五、五四、五五、五八、七五、乙二の一ないし八、三、四、八、一〇の一、一一ないし一四、一五の一ないし三、一七の一ないし三、一八、二二、二四ないし二七、二八の一ないし五、三五、三六)及び審尋の全趣旨を総合すると、前記基本的な事実関係に加えて、以下の事実が認められる。

1  債務者における配車制度の概要

債務者は、乗務員約二二〇名、乗務用車両九四台を有するところ、乗務員に対する配車につき、原則として、乗務員七名を一グループとして、うち六名を二名ずつ三組に分けて各組に各一台(一グループにつき合計三台)の車を割り当てて交代で乗務させ(その結果、その六名は常に特定の車、つまり固定車に乗務することになる。)、残りの一名には他の六名の公休日に空いた車を割り当てて乗務させるという制度を採っている。債権者も、あるグループの六名の中に入っており、固定車を割り当てられていた。しかし、債務者では、約一〇名の乗務員にはもともと固定車を割り当てておらず、特に新入の乗務員には固定車を割り当てていない。また、固定車制度について、債務者と債権者を含む乗務員らや労働組合との間に、協定等の取決めは存在しない。

2  債務者における従前の賃金体系と他社との比較

債務者における賃金体系は、実質的には実水揚げ(消費税を含まない水揚げ)に対して一定の支給率を乗じて計算される「賞与」と賞する賃金が中心となっている。原則的な支給額は、債権者のようなミッション車に乗務する一昼夜交代勤務者に対しては、実水揚げの六一パーセント(皆勤手当一パーセントを含む。月間水揚げが六三万円以上で皆勤の場合は六三パーセント)で、四欠勤まで一パーセントずつ支給割合を減ずるが、足切り(水揚げが一定額に達しない場合には支給率を低くするというもの)はない。この賃金体系は、水揚げの低い者にとっては好条件であり、他社では、水揚げの低い者に対し足切りや半勤扱い(水揚げが一定額に達しない場合には半日欠勤した者として扱うというもの)をしている場合もあるため、月間水揚げが四〇万円未満の者の賃金は、同じB型(完全歩合制)の賃金体系を採っている他社と比較すると高く、中には二割以上高くなっている場合や、債務者において月間水揚げ四〇万円の者が他社の月間水揚げ四五万円の者と同程度の賃金を得ることができる場合もある。債権者個人の賃金を見ても、その水揚げを前提とすると、同業他社に勤務している者より一割ないし二割強高い。そのため、債務者においては、水揚げの低い者が他社に比して著しく多いという事態となり、賃金は高水準にありながら、一乗務当たりの水揚げは、堺市に本社を置き大阪市域を営業区域とするタクシー会社の中でも最低(平成七年六月ないし八月を比較。平均で約四〇〇〇円から五〇〇〇円低い。)である。

3  AT車の導入

債務者では、従来、乗務用車両としてミッション車を採用してきたが、快適なAT車を求める乗客の要望や、長時間の乗務による乗務員の負担を軽減する必要性、ミッション車の製造の減少などタクシー業界を取り巻く環境等に照らすと、AT車の導入は避けられない情勢にあることから、その導入を決め、平成七年九月から、順次AT車の導入を進めている。しかし、AT車はミッション車に比べ年間維持費用が約三〇万円以上割高となり、他社においてもAT車の導入に伴って賃金を下げたり乗務員に一定の負担金を課したりしている上、従前の赤字経営の改善を図る必要もあることから、債務者は、これを機会に賃金体系を見直すこととし、当初、従前のミッション車を全車AT車に入れ換え、AT車用の賃金体系を導入しようと考えたが、交通労連労働組合及び自交総連労働組合の反対にあい、次いで、現在のミッシヨン車用の賃金体系に足切りを導入することを提案したが、同じく労働組合が反対したため、平成七年八月初めころまでには、いずれも断念した。そこで、債務者は、新入の乗務員とAT車に乗務することを希望する者のみAT車に乗務させることとし、廃車時期の到来したミッション車を順次AT車に換える形で導入を進めてきた結果、平成七年一二月までで既に債務者の保有台数九四台中二六台がAT車に換わり、なおAT車への乗務を希望している者が相当数いる状況である。AT車の乗務者に対する賃金体系は、完全歩合制であるが、月間水揚げが六八万円以上で実水揚げの六三パーセント(皆勤手当一パーセントを含む。以下同じ)、同四八万円以上で六一パーセント、四五万円以上で五五パーセント、四五万円未満で五〇パーセント(皆勤手当一パーセントを含む。)と足切りの制度を導入した。

4  債務者の水揚げ等勤務の状況

債務者は、平成六年一月から、毎日の水揚げの下位五名(アルバイト、昼間乗務員、夜間のみの乗務員、公休日の出勤者及び早退者を除く。)をとって該当乗務員毎に記録し、回数が重なってくると注意を与えていたところ、平成六年一月一日から平成七年七月末日までの間に債権者が右ワースト5に入った回数は、一一〇回(うち平成七年七月は六回)を数え、二番目に多い八四回、三番目に多い五八回を大きく上回った。特に、同年七月二二日以降に乗務した八回はすべてワースト3に入っており(うち最下位は五回)、特に債権者が最後に乗務した八月九日は、当日水揚げについて注意を受け、このままでは固定車はずしを実施する旨警告を受けていたにもかかわらず、水揚げが一万〇八三〇円(三回連続最低。ちなみに八月九日の平均は四万円を越える。)と非常に低かった(債権者の報告によると、冷房のきき過ぎで体調を崩したとのことであるが、乗務継続が困難であることを債務者に連絡しなかった。)。ちなみに、平成七年二月度(前月二一日から当月二〇日まで。以下同じ)から七月度までの月間通算の一乗務当たりの水揚げの各順位(ただし、アルバイト、昼間乗務員、夜間のみの乗務員を除く。)は、最低位から四番目、二番目、一番目、二番目、一〇番目、三番目であり、同年五月から八月までの一乗務当たりの水揚げの平均でも、アルバイト、昼間乗務員、夜間のみの乗務員、嘱託、一定の乗務回数少数者を除く一八一名中最下位の二万八五三九円であった。さらに、実ハンドル時間(ただし、出庫、入庫時間から所定の休憩時間を引いたもの)当たりの水揚げを見ても、債権者は、平成六年二月度(一月二一日)から最後に乗務した平成七年八月九日までの平均で一七七〇円、平成七年五月度から同年八月度までの平均で一七四三円(極端に悪かった八月九日を除いても一七六三円)と、いずれも全乗務員中、最下位であった(ちなみに後者における下から二番目の者の成績は一九九六円である。)。

他方、債権者は、所定の勤務時間内において交通規則を順守して誠実に勤務することをモットーとしており、出勤状況は良く、平成七年末まで少なくとも十年以上にわたって無事故無違反であった。

5  固定車はずしの実施

債務者は、平成七年七月八日、労働組合との団体交渉の場において、経営改善のため、足切り制度導入の必要性を訴えるとともに、水揚げの悪い者には固定車を下りてもらい奮起してもらう旨発表していたところ、債権者に対し、翌八月四日、水揚げ改善の指導を行ったのに続き、同月九日、前記のとおり、水揚げの改善がなければ固定車はずしを行う旨警告した上、同月一一日、債権者に対し固定車はずしを実施した。債権者は乗務を拒否し、その後、債務者は、乗務停止期間(同月一三、一四日。債権者は出勤していない。)及び出勤停止期間(同月二六日ないし二九日、翌九月一、二日)を除き、懲戒解雇となる翌九月二九日までの間、一五回にわたり、固定車以外の車を配車し、乗務するよう説得、命令を繰り返し、右各処分も行ったが、債権者は、頑として従前の固定車以外には乗らないとの姿勢を崩さなかった。債権者を初めとして、翌九月三日までに著しく水揚げが低いことを主な理由として五名、更に翌一〇月に嘱託乗務者のうち最も水揚げの低い者一名(なお、ほかに長期欠勤者三名)に対し、それぞれ固定車はずしが実施されたが、債権者のほかに乗務拒否者はいない。なお、他社においては、水揚げの低い者に対して固定車はずしが行われているが、債務者が水揚げが少ないことを理由として固定車はずしを行ったのは、今回が初めてである。

二  固定車制度の趣旨と配車権に基づく固定車はずしの正当性について

1  債務者は、本件固定車はずしの正当性の根拠として、まず、タクシー会社には配車権があり、乗務員は乗務車両を選択できない旨主張している。この主張によると、配車する車が従前と異なるにすぎない固定車はずしは、もとより一般に許容されるとの結論になり得るので、まず、この点について検討する。

2  乗務員に対する営業車両の配車は、タクシー会社の運営権(運行管理権)行使の重要な一内容と考えるべきであり、債務者に一般的な意味で配車権があることは、当事者間に争いがない。そして、労使間に固定車制度についての協定等が存在しないこと、固定車制度が徹底されていないのは、固定車制度によって不可避的に生ずる休車を避け円滑な配車を行うためであると考えられることなどに照らすと、債務者における固定車制度は、債務者が、その配車権に基づき、主として、配車の手間をある程度省き、特定の乗務員に車の管理の責任を持たせることができるなどの会社の利益を目的として、採用したものというべきである。この点、債権者は、固定車制度が運送の安全性確保を重要な目的にしている旨主張するけれども、車ごとに微妙な個性の相異があることは否定できないとしても、右のとおり、債務者における固定車制度が徹底されておらず、特に運転に慣れないはずの新入の乗務員に固定車を割り当てていないことなどの事実に加え、タクシー乗務員の運転技量等も併せ考えると、乗務する車が変わることによって、直ちにタクシー運送の危険性につながるとか、乗務の安全性に不安が生じるとまではいうことができないから、債権者の右主張は採用し難い(乙一一)。

3  しかし、他方、疎明資料(甲四六、六一の一ないし七、七五)と審尋の全趣旨によると、固定車を割り当てられることによって、乗務員は、運転や点検等に慣れた車に乗務することができるから、長時間のタクシー乗務から生ずる疲労を軽減し、運転の安全性をより高めることができるし、領収証や洗車用具等を固定車に搭載したままにしたり、相勤者が決まっているので出入庫の時間や整備等の打合せがスムーズに行くなど、諸々の便益等を享受することもでき、さらに、乗務員は、乗務する固定車に対して一定の愛着等を抱き、固定車を自己のステイタスシンボルとして位置を付け、また、共通の固定車に乗務する相勤者との信頼関係を基礎として乗務に従事することができるなど、精神面においても一定の利益を受けることができることが認められる。そうすると、従前固定車を割り当てられていた乗務員に対して固定車はずしを行えば、乗務員は、右のような便益等や精神面での利益を奪われることになり、それに伴って屈辱感等一定の精神的苦痛さえ覚えることもあるといわざるを得ない。そして、就業規則(甲六)も「業務の都合により必要がある場合は、従業員に異動(職場・職種の変更、配車替……)を命じ……ることがある。」(二〇条一項)、「前項の場合、従業員は、正当な理由なく、これを拒否してはならない。」(同二項)と規定し、配車替を行うのに業務上の必要性を要件としている。これらのことを考え併せると、固定車制度によって乗務員が受けている右諸利益を会社の配車権との関係で全く保護に値しないものと見るのは妥当ではない。

したがって、会社は、配車権のみを根拠として、継続的に固定車を割り当てられていた乗務員の右諸利益を一方的に奪うことはできず、一定の合理的な理由がある場合にのみ、固定車はずしを行うことが許されるというべきである(もっとも、債務者はこの結論を否定するものではない。)。

三  本件固定車はずしの合理性について

そこで、本件固定車はずしが合理的理由(業務上の必要性)に基づく措置かどうかを検討する。

1  この点、債務者は、①水揚げの低い者に奮起を促すこと、②AT車をスムーズに導入するため固定車割当のないミッション車を確保することという二つの理由を主張する。しかし、まず、前記一3のとおり、AT車の導入は平成七年九月から開始しているのであるから、少なくとも、同年八月一一日に債権者に対して行った最初の固定車はずし、あるいは、同年八月中の固定車はずしについては、②は、それだけでは十分合理的な理由とはなり得ないというべきである。そこで、主として、①の理由について検討する。

2  低水揚者に奮起を促すのは、いうまでもなく水揚げの増加による営業収益の増大を目的としているが、低水揚者に対して固定車はずしを行っても、直接水揚げの増加や経費の節減等につながるわけではないことは明らかであり、固定車はずし自体は、直接営業利益に寄与することはないといわなければならない。むしろ、慣れない車に乗務することからサービス面に悪影響が出たり、乗務員が一定の精神面での利益を奪われることにより労働意欲を減退させることなども考えられるから、固定車はずしによって、かえって営業収益を減少させる結果にもなりかねない。もっとも、乗務員が固定車はずしによる一定の不利益を免れようと水揚げの増加に努めることは一応期待できるというべきであるが、奮起を期待できる程度が小さければ、なお、それが営業収益の増加につながるとはいい難い。したがって、水揚げの増加を目的として行う固定車はずしは、必ずしも目的と手段の関係が合理的とはいえないけれども、奮起を期待できる程度によって営業収益の増加につながることがあることも否定できず、特に、固定車はずしの対象が著しく水揚げの低い者である場合には、一方で、乗務員の奮起により水揚げの増加を相当程度見込めると見るべきであり、他方、水揚げが低レベルにあるだけに固定車はずしによる水揚げへの悪影響はむしろ小さいと考えるべきであるから、そのような場合には、固定車はずしは、一応合理的な理由を有するというべきである。

3  さて、前記一2、4で認定したとおり、債務者では、水揚げの低い者に有利な賃金体系を採っているため、低水揚げの者が他社に比較して多くなっているところ、とりわけ、債権者の一乗務当たりの水揚げ、あるいは、一ハンドル時間あたりの水揚げは、極めて低い水準にあり、債権者の無事故無違反乗務等を心がけるという姿勢を考慮しても、他の乗務員の水揚げとの比較によれば、水揚げを増加させる余地は十分大きいといわざるを得ない。したがって、債権者に奮起を促し水揚げの増加を図るために行った本件固定車はずしは、合理的理由があると認めるのが相当である。

4  なお、以上の合理的理由に加え、AT車の導入に伴う平成七年九月以降継続している固定車はずしについては、固定車はずしによってミッション車の空きができAT車を希望しない者の配車替えがスムーズに行われていることが認められ(乙一一、二〇)、さらに、前記一認定の債務者の経営状態、AT車導入の経費やメリット、労働組合との交渉経緯等に照らせば、AT車導入に伴う賃金体系の改定(歩合率の引下げ)等の措置を必ずしも不当ということはできないから、AT車の導入を円滑に行うため固定車はずしを行う必要があるとの債務者の主張も合理性が認められる。

四  本件固定車はずしの適法性について

そこで、進んで、本件固定車はずしの適法性について検討する。

1  まず、債権者は、本件固定車はずしが就業規則等に記載のない懲戒処分であるとして、違法であると主張する。しかし、懲戒処分とは、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能にするための一種の制裁罰であると解されるところ、前記のとおり、業務上の必要性がある場合に債務者が乗務員に対し配車替えを行うことは、異動の一態様として就業規則上許容されていると解され、本件固定車はずしも、業務上の必要性が肯定できる配車替えにほかならないから、これを懲戒処分と解することはできない。したがって、債権者の右主張は、その前提を欠くから採用の限りではない。

2  次に、債権者は、本件固定車はずしが、債権者に一定の不利益を課することにより水揚げを増加させようとする尻たたきにほかならないから、運輸規則二三条の「乗務の強制」に該当する違法な措置であると主張する。

(一) まず、運輸規則の右規定は、一般乗用旅客自動車運送事業者は、運転者に、その収受する運賃等の総額が一定の基準に達するように、又はこれを越えるように乗務を強制してはいけない旨規定しており、これは、債権者の主張するように、旅客運送における安全性確保の重要性にかんがみ、一定の営業収入以上を上げるように乗務を強制することにより、運転者が無理な運転をして旅客等の安全を害することがないようにする趣旨であると解される(甲六四、六六)。所轄行政庁の通達が、タクシーによる事故防止には運転者の労務状況の改善が必要との観点から、タクシー事業の経営者が運転者に対し、単に標準作業量に達しないことのみをもって懲罰的に下車勤務させることにより、交通違反に追い込むことがないよう指導するものとし(昭和三三年通達)、また、同様の観点から、水揚げ等に応じて歩合給が定められている場合に、その歩合給の額が非連続的に増減するいわゆる「累進歩合給」、水揚げ等の最も高い者又はごく一部の労働者しか達成し得ない高い水揚げ等を達成した者にのみ支給する「トップ賞」、水揚げ等の区分の額に達するごとに一定額の加算を行ういわゆる「奨励給」を廃止するよう労働条件の改善を図るものとしている(昭和五五年通達)のも、同様の趣旨であると認められる(甲四九の一、二)。したがって、タクシー事業においては、旅客等の安全確保の観点から、水揚げ増加を企図して採り得る手段に一定の制限があり、それが運輸規則の禁止する「乗務の強制」に該当する場合には、違法となるというべきである。

(二) ところで、何が「乗務の強制」に当たるかは、必ずしも明らかではないが、その趣旨に照らすと、それは、一方で、通達に挙げられた「懲罰的に下車勤務」や「トップ賞」等に限られるわけではないけれども、他方、タクシー会社も営利企業である以上、安全運転を損なう危険性に配慮しつつ、水揚げの増加に努めることは当然できるはずであるから、水揚げ増加を図るために乗務員に対して利益あるいは不利益を与える措置がすべて「乗務の強制」に該当すると解するのも妥当ではない。一般に、乗務員に要求する水揚げの基準が高ければ高いほど、また、その基準に達しない場合の不利益ないし基準に達した場合の利益が大きければ大きいほど、乗務員が無理な運転をする蓋然性が高まり安全運転を損なう危険性が増大するといえるから、本件固定車はずしが「乗務の強制」に該当するかどうかについても、要求された水揚げの水準と固定車はずしによる不利益の質、程度を勘案して、安全運転を損なう危険性の大きさを具体的に判断して決すべきである。

(三) さて、債務者は、本件固定車はずしの措置を採るに際し、要求する水揚げの水準を明示したわけではないけれども、固定車はずしの対象を選定するに当たって、基本的に毎日の一乗務当たりの水揚げのワースト5に名を連ねる頻度を問題としており、毎日の稼働乗務員数が約九〇名であること、ワースト5の一乗務当たりの水揚げがその平均に比して極めて低い水準にあること、特に債権者の成績が極めて悪いことが認められ、さらに債務者が本件固定車はずしの直前(七月、八月)の水揚げの状況も考慮に入れていることも考え併せると、債務者の要求する水揚げの水準は決して高いものではない。そして、前記二のとおり、固定車はずしによって乗務員は諸々の不利益を受けるけれども、乗務できなくなるわけではなく、その不利益、下車勤務を命じられることによる不利益(一般に収入にも直ちに影響する。)と比較すると、質、量共に小さい程度にとどまるというべきである。そうすると、要求される水揚げの水準の点においても、それによる不利益の質量の点においても、本件固定車はずしが運転の安全性に深刻な影響を与える可能性は、問題視するに当たらない程度であると見るべきである。したがって、これを「乗務の強制」に当たると解することはできないというほかない。

(四) なお、付言するに、この点に関し、近畿運輸局が債務者に対し、固定車はずしをやめるよう行政指導したかどうかが問題とされたが、本件疎明資料(甲六五ないし六七、七六の一ないし五、乙二九、三一の一、二、三四)及び審尋の全趣旨を総合すると、近畿運輸局は、平成七年二月二六日、本件固定車はずしが運輸規則の精神に照らし問題となる余地があるという認識の下に、債務者の代表者らから事情を聴取したにとどまるものと認められ、これをもって、行政当局が本件固定車はずしを違法であると判断し、これをやめるように行政指導があったと認めるに足りないというべきである。

五  固定車はずしの対象者の選定基準の合理性と債権者の基準該当性について

1  債務者の選定基準は、毎日の水揚げのワースト5記録に名を連ねた回数の多い者という基準を基本とし、これに平成七年七、八月の成績、AT車導入にとっての有用性を加味して選定するというものであり、基本的に一乗務当たりの水揚げの多寡を基準として乗務員の勤務成績を評価することを前提としている。これに対し、債権者は、乗務員の勤務成績は、出勤日数、実水揚げ(所定の労働時間内での水揚げ)や総水揚げ(公休出勤乗務による水揚げを含むもの)、あるいは事故、違反率等を総合的に評価するべきであると主張する。

2  確かに、債務者の賃金体系には、欠勤控除、水揚げ六三万円以上の場合の歩合率上昇、無事故表彰等の制度があり、出勤日数や総水揚げ、事故率の点を評価の対象としている面があり(乙八、二九)、殊に、欠勤が多くなると保有車両の稼働率が落ち会社の営業収入を減少させるから、債務者としても乗務員の出勤日数の確保が重要であることは、一般論としては当然である(甲七四)。

しかし、タクシー会社も営利を目的とする企業である以上、乗務員が無事故無違反で多く勤務しさえすれば、どのような低水揚げでも、特に採算ラインを割り込んでも、甘受し積極的評価を与えるべきであるとは到底いうことができず、その意味で、出勤率や事故率において成績が良くても、一乗務当たりの水揚げを問題にしないわけにはいかない場合がある。また、乗務員が欠勤しても休車となるかどうかは、なお人的要素に左右される可能性もある。ところで、本件疎明資料(乙一二、二三、三〇、三六)によると、債権者が取得する水揚げでは、債権者の収入と会社運営にかかる車一台当たりの経費さえまかなうことができないこと(なお、債権者が無事故であるため仮に事故費を経費に参入しない扱いをしたとしても、水道光熱費、事務職員給与等その他の経費を考慮すれば、少なくとも右の結論は変わらないと考えられる。)、本件固定車はずし当時、公休日の出勤などによって欠勤による休車は少数にとどまっていたことが認められる。このような事情を前提とすると、出勤状況が良いというだけでは、必ずしも積極的評価を与えることはできず、また、無事故無違反の乗務をすれば必然的に採算ラインを割り込んでしまうとは到底いえないから、無事故無違反というだけでは、やはり必ずしも積極的評価を与えることはできない。したがって、出勤率(ひいては総水揚げ)や事故率を考慮して、成績を評価すべきであるとの債権者の主張は、特に本件においては採用できない。なお、完全歩合制の賃金体系を採っている以上、一乗務当たりの水揚げの多寡は、乗務員の賃金の多寡に直接結び付くから、債務者は、それ以上に一乗務当たりの水揚げを問題とすべきではない旨の主張も、やはり程度の問題であり、債権者の水揚げに照らすと、採用できないことは明らかである。

3  また、水揚げを問題とするのは、つまるところ、勤勉性の評価を中心とするものであるところ、一乗務当たりの水揚げにおける評価は、休憩時間や規定時間外における勤務による水揚げを含み得るから、勤勉性を評価する基準としては正確性を欠く可能性があり、債権者が実水揚げを考慮すべきであると主張するのも、同趣旨であると思われる。そこで、より正確に勤勉性を評価するには、実ハンドル時間当たりの水揚げを比較しなければならないというべきであるが、債務者が問題としたのは、一乗務当たりの水揚げの低い者から五人、あるいは、その五人に入った回数が多い者から一〇人程度であって、一乗務当たりの水揚げが特に低い者として乗務員全体の数パーセントを評価したにとどっていることを考えると、休憩時間や規定時間外における勤務が右評価に与える影響はさほど大きいとは思われないから、一乗務当たりの水揚げの成績から実ハンドル時間当たりの水揚げの成績を推し量ることは、ある程度可能であり、その限りで一乗務当たりの水揚げを基準とすることにも一定の合理性が認められる。現に、例えば、平成七年五月度から八月度までの通算の実ハンドル時間当たりの水揚げ(乙三五)、同期間通算の一乗務当たりの水揚げ(乙一八)、そして、平成六年一月から平成七年七月末までにワースト5に登場した回数(乙二二)について、成績の悪い二〇人をとると、順位に多少の変動はあるものの、ほぼ完全に重なっており、少なくとも、債権者については、前記一4のとおり、そのいずれの水揚げの比較においても、最下位であった。

4  さらに、債権者は、一乗務当たりの水揚げを基準に乗務員の勤務成績を評価すること自体が「乗務の強制」に当たるとも主張するけれども、債務者の行った一乗務当たりの水揚げの評価の態様は、右のとおりであり、そのことが直ちに運転の危険性につながるとは到底いうことができないから、右主張も採用の限りではない。

5  なお、債務者の固定車はずしの対象の選定基準は、一乗務当たりの水揚げを主な基準とする点で一貫しており、当初具体的な数値の算定等が不十分であったからといって、基準の変遷があったと見ることはできない。そして、特に債権者を選定の対象とした際の基準に変遷は認められない。

6  さて、これまで認定してきたとおり、債権者の勤務成績は、他の乗務員の水揚げとの比較による相対評価においても、採算ラインとの関係での絶対評価においても、極めて低いといわざるを得ず、とりわけ、本件固定車はずしの直前(平成七年七月、八月)における成績は、極端に悪いといわなければならない。したがって、債権者が、債務者の固定車はずしの対象者の選定基準に該当することは明らかであり、奮起を促すため真っ先に固定車はずしの対象とされたことは、誠にやむを得ないというべきである(なお、九月以降の固定車はずしについては、固定車に乗務するAT車非希望者であるとの基準にも該当する。)。

7  そして、その後同年九月にかけて固定車はずしを行ったその余の七名は、長期欠勤者三名を除くと、前記ワースト5記録に名を連ねた回数の多さが一〇位までの者(ただし、深夜勤務をしなくてよい女性乗務員を除く。)の中から、同年七月における回数が一回にとどまる者、もともと固定車の割合のない者、AT車乗務を希望している者、水揚げが低い理由として病気を主張している者等を除いた四名であり、さらに、同年一〇月に固定車はずしを行った一名も、嘱託の中で最も水揚げの低い者であることが認められ(乙二二)、今回の固定車はずしの対象者の選定に恣意性を認めることはできない。

六  その他の主張について

1  以上によると、本件固定車はずしは、水揚げの極めて低い債権者に対し、主に奮起を促す目的でなされたものであり、合理的な理由に基づく適法な措置であって、これを不当労働行為とする債権者の主張は、債権者が主張する諸々の状況(債権者の地位に加え、一九九四、九五年の春闘未解決、AT車導入に関わる対立等債務者と自交総連労働組合との関係など、甲二三、二六の一ないし五、二七、二八の二、四一、四六、七五等)に照らしても、採用することはできない。

2  なお、債権者は、本件乗務停止期間中の賃金が未払であるとして、その違法を主張するが、前記認定のとおり、右期間中(平成七年八月一三日と一四日)、債権者は出勤していないと認められるから、債務者に賃金支払義務はなく、債権者の右主張は前提を欠いている。

七  結論

以上のとおり、本件固定車はずしは、適法、正当な措置であり、これを契機として行われた本件乗務停止、出勤停止の各処分に違法な点があると認めるに足りる証拠もないから、債権者が就業規則九二条一号、二九号の懲戒解雇事由に該当することは明らかである。また、前記一4、5等において認定した債権者の勤務成績などに照らすと、債権者は、就業規則九二条二号の懲戒解雇事由にも該当すると認められる。よって、本件懲戒解雇は、正当である。

したがって、その余の点につき判断するまでもなく、本件申立ては、被保全権利の疎明を欠き、理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官景山太郎)

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